関東近郊郷土資料館探報記(2023年7月スタート)

 最近郷土資料館に行くことが多い。それはお金をそこまで使わずに、自分が知らないことを知れるからである。

そこで自分が訪れた郷土資料館(史料館などや単純にその地域の博物館という名称の施設もある)を書き残すことにした。ブログに書き残すことでこれから自分が資料館を訪れる際に色々と差異に注目できるようにできるためでもあり、これくらいしないと土日の暇を潰しきれないからでもある。順次更新していって都内などを巡りきれたら定めし自己満足度も上がりそうなので頑張りたい。

 

松戸市立博物館(2023年7月8日訪問)

 HPによると松戸市立博物館のコンセプトは以下の通りである。

松戸市博物館は、緑豊かな自然を残した総合公園「21世紀の森と広場」の中にある見て・触れて・体全体で感じるを基本コンセプトにした感動体験型博物館です。*1

 

入場料は310円である。(この半端な10円は少し気になる。)

内容は縄文時代の石器や古墳などのレプリカから始まる。その後は鎌倉時代室町時代の統治を治めていた武士の話へと移る。

関心が湧いたのは明治以降で、明治以降鉄道が敷設されることで松戸市は農地から住宅地へと姿を変える。終戦後の団地建設は住宅地への流れを決定づけるものであった。

そこで登場するのが団地のレプリカである。団地で生活していた人の一部屋を忠実に再現している。戦後も遠くなった今、「戦後の憧れ」を実際に感じることは今の生活を振り返る機会になる気がする。(特に面白かったのがダストシューターをヨーロッパで導入されていたのを基に団地でも採用したが、気候が違うため悪臭の原因となり結局使えなかったという話。戦後初期は住宅環境も試行錯誤の只中ということを実感させられるエピソードでした。)

 

②世田谷区立郷土資料館(2023年8月27日)

 世田谷区立郷土資料館のコンセプトの記載はなかったものの、設立の経緯は以下の通りである。

郷土資料館は、郷土の貴重な文化財を後世に受け継ぎ、区 民の教養の向上及び教育、学術研究などに資することを目的 に、世田谷区に関する歴史・民俗資料などを収集保管し、展示、講座の開催及び書籍の刊行などの形で広く一般に公開しています。*2

入場料は無料である。

内容は縄文時代から古墳時代は当地で出土した石器や貝塚などを取り上げている。ここらへんは松戸市立博物館と同様である。やや違うのは江戸時代の武家の取り扱いである。資料館と隣接する武家屋敷の持ち主である大場家の歴史が紹介される。ここで世田谷の名物とされるボロ市との関連も指摘される。

ここはあくまで世田谷区ではなく世田谷地域の歴史がメインとなっており、興味深いと言えば興味深いが世田谷区民である筆者の郷土の歴史という感覚が湧かないところでもある。

なぜなら、世田谷区のHPによると

昭和7年10月1日東京市の区域拡張により世田谷区が誕生し、昭和11年10月には千歳・砧村が世田谷区に編入され現在の大きさとなりました。

 *3

上記の通り世田谷区としての歩みはそこまで長くはない。そのため旧千歳村出身の筆者としては世田谷地域の歴史を同じ地元として括ることができない。地元という根狭く深いコミュニティであればこそ、別の地域は地元と縁遠いものとして見えてしまう。

個人的に世田谷区としての区民性が創出されたのは戦後なのでその部分を強調しても良いのではないかと思った。

でもそうすると23区の半分くらいは住宅地としての歩みとなり差別化が図りづらいのだろうなとも思った。